Miss.Lの修行

「もっと速く」
覚えている。私もここで息が切れた。もう耐えられないと思ったから なんとなく顔がほころんでくる。
思い出せばあの意地悪な笑いにしか見えなかった師匠の笑みが理解できる。
関係のないことを考えると余計に顔の表情が緩む。
睨みつけられているのを感じれば感じるほど崩れて 恨みを買いそうだ。
それも良い。良い発奮材料だ。顔が締まって足に力が短い時間だろうが蘇っているのがわかる。私に追いついて足を止めてやろうと考えているのが分かる。自分がそうだったからである。
周りを見回して 投げつけることを考え体制を低くして迫る。
手頃な枝をうまく拾って後ろに隠しピッチを上げてくる。気が付いてないと思っているのであろう。
もう一歩のところまで来ると表情が徐々に険しく決意をもった顔に変わる。
いまにも飛びかかりたいのを わずかに追い切れない自分の脚力を恨みながら それでもせまろうとする。
いつまでもこの状態は続かない、足がもつれ始めていて危険なので誘ってあげる。
ちょうど草むらの道に切り替わるところで 道の変化に合わせて分からないように速度を落とすとここぞとばかりに迫る。
「やあー」
声出したらだめ、相手に逃げてくださいというようなもの。
もちろん声を出さなくても気がついたわけなので良いのだが、後で教えてあげなきゃと思いながら動きを読む。
長めの棒を見つけたようで、投げるより突くことを選んだのは評価できるが添えている左手がいけない。
突き損ねた後のことを考えて手首をすでに返している。
それでは突きの速度が鈍る。突きはもっとも最短で相手に届く攻撃だが、外された後のことを考えられる攻撃ではない。中途半端はせっかくの不意打ちを無駄にするのです。
己を殺す覚悟があっての攻撃だと。
 
それでも普段の教えがよいのか背中に当たろうかという攻撃はかなり鋭いものであるが 致死傷を狙う首のあたりへの突きというのは経験がこれも足りない。
この場合は外れないことを最優先にするために、何かの拍子に視線を後ろに向けても見つかりにくい腰のあたりを狙うのがセオリーで致命傷にならなくても相手に当たりさえすれば二撃目のチャンスは必ずあるのである。
これを教えるのはまだ早い・・・
できる限り引き寄せて 目に残像が残るぐらいの速度で攻撃をよけた。
おそらく突いて来た方には攻撃が溶けたように見えるだろう。
当たっている筈なのにと、そして、そう見えればこそ力を抜かずに突きを最後まで突きだすので大きく体制が崩れる。
予想通り私を追い越す形で体が流れる。実践では後頭部を狙って突きを出すのであるが ここはそのまま前向きに少し力を加える。
当たったはずの攻撃で前にバランスを崩しているところに少し力を加えるだけで そのまま前につんのめって顔から転ぶのである。
山道で顔から転ぶのは非常に痛い。昔私も・・・はもういいか。
「いて〜」
声を出すのも失格である。
がんばって勢いをつけたので転び方も派手である。ああ、滑るだけでなく頭を軸にして転がった。
2回転と少し回って止まったがこれは正解である。滑り続けるよりダメージは抑えられる。
痛さは実はあまり変わらないので なかなか身に付かない極意である。
 
起きあがったら体中傷だらけ。
可哀そうにと言いたい所だがおそらく言われても信じないであろうし、それでは為にならない。
それに、本人は可哀そうに思っていないようなのは 手からは先ほどの木の枝を放していない。
痛みをこらえているのか、呼吸を整えているのか目だけはギンギンで傷だらけでみすぼらしい体は片膝を立てた状態で座っている。
木の棒を隠し切れていないのはマイナスポイントであるが、この体制をとったのはほめてあげても良い。
どんなにぼろぼろになろうと目に光をともして攻撃態勢を取っていれば 追い打ちをかけるのにも相手にはわずかにでも躊躇が生まれるからです。
でも、そのあとが悪かった。
相手が格上であれば、不意打ちこそが効果的な攻撃で 見るからに体力を減らした状態であれば戦いを仕掛けるのは愚の骨頂。相手の技量を測りきれていないのは最悪である。
目が血走っているのは我を忘れている証拠である。冷静さを失った時点で負けているのである。
それが証拠に、右から左下に切りつけるだけの単純な攻撃に終始している。
何回かに一度地の他攻撃が混ざるものの既にそれすらも気が付いていないであろう。
こちらのよけ方も同じ方向で同じよけ方になっているのなど気がつくはずもない。
「あっ!?」
急に大きくジャンプして攻撃を・・・・
じゃない、こちらが落ちているのね。
壁に足を滑らして落下速度を落として対処する時間を稼ぐ。
思った以上に壁が崩れて速度が落ちない。深さはどれぐらい・・・
つま先を立てて体が浮かないように目いっぱい前に体を倒して蹴ってでも速度を落とす。
速度が落ちると壁の方も見えてきて出っ張った石に手をかけて体を止めた。
壁を見ると縦向きの筋が幾層にも入っている。
「やられた」
単調な攻撃も場所も予想済みで仕掛けてきたものらしい。なかなかやるものだ。
少なくとも私が修業を始めた頃より頭を使っている。仲の良い修業仲間の入れ知恵であろう。
「あっ」
岩をつかんでいる左手に何かが当たって力が抜けた。
「あいたっ!」
穴は思いのほか深くなかったようで、そのまま1mほど落下してお尻をしたたか打ったところで止まった。
 
「未熟者、周りに目がいってないから こんな小技に引っかかるんだ。」
心の中では年寄りはわざわざ出てきたりせずに家の中で引っ込んでいてくれたらいいのにと思いながら 一応かしこまって見せた。
「よいか、力が上の者にもちゃんと戦略を練れば勝てるのだ。頭を使え そして最後まであきらめるな」
教えている方のメンツは丸つぶれである。それでもいい勉強になっただろうと素直に思えるのはそれなりに修業が身に付いた結果とうれしくも思える。
「力は満ちている、やはり頭か・・・・」
呟くように師匠が言う。思わずむせてしまった。
それはないでしょ・・・・
既に絶掌(その武術の必殺技。最後に教えられるために免許皆伝の意味となる)も修めたので一人の武術家として認められたのであろうが後輩の指導などにいそしむ日々が続く。
どうも 兄弟子として認識されていて一人の武術家として認められていないような感じです。
今日のもどちらに教えるためにやったのやら・・・・
 
帰ってみると村の中が騒がしい。
もちろん祭りでも誕生日パーティでもない。どうも師匠である長老の帰りを待っていたかのようである。
「申し訳ありません」
二人の男が地面に座って詫びている。理由も言わずに詫びていることからもなんだか大変なことが起きたらしい。
そして、その日のうちに村中すべてが知ることになる。
村の産業は 細々とした酪農とわずかな植物の栽培である。
表向きはで、本当は傭兵を村から出すことが最も大きな稼ぎ口となっている。
決して裕福とは思えない村ではあるが そうやって近隣の村々とはケタ違いの収入を得ている。
裏向きなのは、そんなことが知れれば世界中の恨みを買った人たちがやってきかねないからである。人の恨みは何よりも深く たとえ一兵卒の打った弾が当たったのが戦争のせいだとしても 恨む対象としては大きすぎて 一生恨まれるのは弾を撃った一兵卒に向けられる。だから戦争をしてはいけないのである。
それでも起こしてしまった戦争の犠牲者を一人でも減らすために傭兵というのがいるのだと信じていたいのです。
そのためにみんな頑張っているのです。
そして、今日の話はとうとうこの里が傭兵の村だと知れてしまったという事だったのです。
「自らの命を守るためじゃ。しかたなかろう」
長老は怒るでもなく皆にそう伝えた。