紳士の身だしなみ 2

本来、ストリートパフォーマンスは目立つ格好で行われる。
それは人の目を引くためであり、お客がほかの人と違う何かだと気付かせる効果があるからである。
ところが行きすぎはいけない。
あまりにもしっかりしすぎていてもいけない。
町中にピエロの衣装を着て歩いている人がいたらどうだろう?
驚くほうもあるがあやしさが漂ってしまう。
派手であっても素顔が見えないほどまでしてしまうと相手に猜疑心を抱かせてしまうからである。
そういう意味では実に怪しいかもしれないと 思い直した。
近くにサーカスもなくて、いや サーカスの団員ならこんなところで練習をしていない。
つまり、あまりにも怪しくなさ過ぎて怪しい恰好だったわけである。
思わず振り返りピエロのほうを見た男の顔色が変わった。
いままで意外性のある出来事にもその態度を変えなかった男の顔色が明らかに変わった瞬間である。

ピエロは両手で一つ残った銀のボールを抱いている。
胸の前に恭しく持ち上げるかのように。
脇を広げたかと思うと体を少し前に倒し、背中は丸めているものの顔の向いている方向はこちら向きのまま変わらない。
つまり下を向いていないわけである。
その恰好が何をしているかはすぐに理解できた。
わきが開いたり閉じたりするタイミングで少しづつながら銀色のボールが大きくなってゆく。
金属にしか見えない銀色のボールが少しづつ膨らんでいる。
そう、息を吹き込んでいるのである。
まるで、それをジェスチュアで行っているのかに見える仕草であるが そのものの行為が行われているわけである。
そして今では腰から上のすべてが隠れてしまっている。
あまりにもおかしな仕草に一時的に見とれてはいたがすぐに我にかえった。
「盗んだものを返してもらおう。これは遊びじゃないんだぜ 怪我をしたくなければね」
ピエロが口を利かないことは知っているが、命がけで沈黙を守るほどのピエロはいやしない。
声をかけるのと同時にというよりすべてを言い終わる前に拳銃の銃口は銀色のボールを通してピエロの体を狙っている。
声を出したのはボール越しにこちらからピエロが見えないから相手からこちらの様子も見えないだろうからである。
十分に凄みを利かせたつもりであったが相手に伝わったかどうかも分からない。
 
「とん」 と音がして銀色のボールが地面に落ちてこちらに転がってくる。
明らかに私に向かって進んでくる。
迷わずに引き金を引いたのは斜め下の地面に向いた角度をつけてである。
「クシュッ」
あまりにさえない音ではあるが、消音効果の高いサイレンサーをつけた銃の発砲音はこんなものである。
下に向けたのはもしもの兆弾を避けるためである。
銃弾に弾かれて銀色のボールが空に向かって後退を始めた。
跳ね返すほ程の堅さではないものの、かすったぐらいでは穴があかないほど強い素材でできているのであろう。